「夜勤明けなのに、ついてないなぁ」
突然、声が薫の耳にこだました。
「若いのに気の毒に……」
「今日はようやくデートにこぎつけたんだ。さっさと仕事して早く帰ろう」

誰? 何なの?
誰がしゃべっているのかわからないが、いろんな声が一気に入ってくる。
薫はますますパニックになった。

「やめて! 誰か止めて!」
泣きじゃくりながら耳をふさぎ、その場にしゃがみこんだ。

「――大丈夫よ」
女性が薫の肩をそっと抱いて、優しく声をかけた。
「誰でも最初は驚くけど、大丈夫だからね」

薫の気持ちが落ち着くのを待って、女性は話を続けた。
「気の毒だけど、あなたは事故で死んだの。こちらの世界では、心の声がすべて聞こえるのよ。最初はみんな驚いてパニックになるけど、じきに慣れるわ」

薫は怪訝そうな顔で女性を見つめた。
ショックもなにも、自分自身がここに存在するのに、死んだと言われても信じられない。
まだ若いし、死んだらどうなるなんて考えたこともないし。

――でもやっぱり、あのトラックは夢じゃなかった。私、死んだんだ……

薫は自分の置かれた状況が理解できないものの、何とか受け入れようと思った。
でも……人間、諦めが肝心。
死んじゃったものは、しょうがないじゃない。

そんな薫を、慈しむように女性が見つめた。

ベッドの上では、看護師の一人が丁寧に薫の身支度をしている。
「その看護師に意識を合わせてごらんなさい」

そう言われても、意味がわからない。
だいたい、この女性を信じていいものか、それすらもわからない。
でも、他に話せる人もいなさそうだし……

諦めたかのように、薫は看護師の声を聴こうと、彼女を見つめて耳を澄ませた。


――何だろう、言葉にならない。
モヤッとした、これは……悲しみ?

その瞬間、薫の中に看護師の記憶が走った。

私と同じ年ぐらいの娘さんを病気で亡くされている。
ずいぶん前のはずだけど……
それでもこの人の心は、今もなお、深い悲しみでいっぱいなのだ。

――いけない。
いつまでも見つめていると、私まで悲しくなってくる。


薫にとって、それは不思議な感覚だった。
瞬時に相手の気持ちや記憶を自分の中に取り入れることができる。
ただうっかりすると、相手の感情が自分の感情と区別がつかなくなりそうだ。


――これって、人の心が読めるってこと?! ちょっとすごいかも。
不安な状況であるにも関わらず、まるで霊能者になったような体験に、薫は興奮した。
父親ゆずりの楽天的な性格に加えて、『何があっても、気持ちは明るく持つ』クセをつけていたからだ。

心の声を聴くことに慣れてくると、逆に聞きたくない声を無視することもできるようになった。


「霊と霊の間では、自分の声も相手に伝わってしまうから、隠し事ができないの。」
突然の女性の声に、薫は一気に現実に引き戻された。

霊ってなに? そういえば、この人は誰? もしかして幽霊ってやつ?!

薫がいぶかしげに女性を見つめるものの、彼女は薫の目線を無視して話を続ける。
「あなたが誰かに会いたいと思えば、すぐにその人に会うことができる。行きたいところにも、すぐ行けるのよ」

会いたい人に会える?
もしかして、今なら死んじゃった人でも会えるのかな。
それなら……おばあちゃんに会いたい。

いつも優しかったおばあちゃんは、ニコニコ笑ってる顔しか記憶がない。
私が中学に上がる前に死んじゃって、来る日も来る日もおばあちゃんを思い出しては泣いたっけ。
会えるものなら、もう一度会いたい。


――おばあちゃんに会いたい。

薫は祖母の記憶に意識を集中させた。
その瞬間、目の前に大きな光が現れた。
その中に誰かいるんだけど、まぶしくてよくわからない。

――目が慣れてくると、それが光に包まれた祖母だとわかった。
祖母の変わらぬ優しい笑顔に、薫の不安は一気に払拭された。


「――え? ほんとに? おばあちゃん?!」
薫は飛びつくように祖母の胸に飛び込んだ。
祖母の記憶が鮮やかに、薫の心によみがえる。

「薫は我慢強いね、えらかったね。もう大丈夫」
――転んで半べそかいてると、私の頭をそっと撫でてくれた。

「たくさん採れたね。お母さんに自慢しよう。卵とじにしてもらおうね」
――春になると、ツクシを採りに連れてってくれるのが楽しみだった。


おばあちゃん、あの頃と何も変わってない。
祖母の顔を見て安堵したせいか、つい泣きそうになるのを薫はぐっとこらえた。

「大きくなったねぇ、すっかり美人さんになって。薫は本当に我慢強い子だ、もう大丈夫だからね」
子供のようにうなずいて、祖母の話に耳を傾けた。

「薫、どこか行きたいところはあるかい?」
「できれば、おばあちゃんの家に行ってみたい。でも、もう無くなってるし……」
「薫が行きたいと願えば、ちゃんと行ける。さぁ、おばあちゃんの家を思い出して、行きたいと願ってごらん」


薫はもう一度大きくうなずいて、目を閉じた。
――おばあちゃんの家に行きたい……

瞬時に薫の目の前には、懐かしい祖母の田舎が広がっていた。


すっごい…… なにこれ……


言葉にならないほど、薫の胸は高鳴った。
そばにはニコニコと笑う祖母が見ている。

玄関を開けて、慎重に中に入る。
何となく壊れてしまいそうな気がしたからだ。

祖母が大切に使っていた、タンス、テーブル、姿見……
そこには何もかもが揃っていた。

ゆっくりと、庭先からトイレや納戸まで、薫は記憶を味わうかのように見て回った。


祖母と一緒に寝ていた、仏間も当時のままだ。
仏壇には、祖父の写真が飾られている。

仏壇の前に座ると、気難しい顔の祖父と目が合った。

薫が生まれる前に亡くなった祖父とは面識がない。
母からは、面白い人だった、とだけ聞いている。

祖母が生前そうしていたように、薫はそっと手を合わせた。


家の外に出ると、川のせせらぎが聞こえてくる。
キラキラ光る木々の美しいこと!

どこからか、セミの鳴くのも聴こえる。
セミ取りにもよく行ったっけ。
夏休みになると、従兄弟たちと会える日がいつも待ち遠しかった。

どれもこれも、本当に懐かしい……

「おばあちゃん、これどうなってんの?」
薫は目を丸くして尋ねた。
相変わらず、祖母はニコニコと微笑んでいる。

「――さて、そろそろ行こうかね」
「行くって、今度はどこ行くの?」

考える間もなく、薫は病室に戻っていた。

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無題
2017.05.09 Tue l ある朝、突然 l コメント (0) トラックバック (0) l top
朝起きて、ご飯を食べて、会社に行って働いて、帰って寝る。
薫にとって当たり前の毎日が、今日も繰り返されるはずだった。
いつものように地下鉄を降りて、足早に会社に向かう。
ダイエットのためと一駅分の距離を余分に歩く。それもいつもと変わらない。

たった一つ、いつもと違っていたのは、横断歩道を渡っていた時のことだった。
誰かの悲鳴が聞こえたような気がして振り向くと、すぐ目の前にトラックがあった。

――えっ?
薫は気を失ったが、すぐに目を覚まして自分の体を見回した。
良かった、無事だった!一体さっきのトラックは何だったんだろう。
昨日はゲームに夢中になっちゃったから、寝ぼけたのかなぁ。

薫は不思議そうに辺りを見回した。
そこには自分が見たものと同じトラックがあった。
その前に人だかりができている。薫は恐る恐る近づいてみることにした。
ざわざわする人だかりをかき分けながら、何があったのか覗いてみる。

――心臓が止まるかと思った。自分に瓜二つの女性が横たわっている。
なんで私がもう一人いるの?! 私が二人いる!!

驚いた薫は、何とかもう一人の私に触れようとするが、なぜかうまく触ることができない。
救急隊員がバタバタと慌ただしく、もう一人の私を担架に乗せて救急車へと運んでいく。

「ちょっと待って! ちょっと待ってってば!!」
大声で話しかけているのに、誰も振り返ってもくれない。

「――落ち着いて」
ふいに見知らぬ女性が声をかけてきた。「あなたはトラックの事故に巻き込まれたんですよ」
 
薫はますますパニックになった。
何を言ってるの、この人は。私ならここにいるじゃない。そうよ、早く会社に行かなくちゃ。

――気がつけば、もう一人の私は消えて、人だかりだけがまだ残っていた。
私も行かなきゃ!



なぜだかわからないが、薫がそう思った瞬間、病院の集中治療室にいた。
自分にそっくりな人間がベッドに横たわり、若い男性医師が心臓マッサージをしている。
もう一人の私の胸が押し潰されるに、薫の胸は苦しくなった。
「やめて、やめて! 痛い!!」

看護師が手早く電気ショックの準備をする。
あっという間に薫の胸には電極が貼られた。

――ドクン!
もう一人の私の体に電気が走ると、薫の体には雷で打たれたかのような刺激が走る。
何がどうなっているのか――

医師や看護師の努力もむなしく、心音を示す機械の音は、ピーッという長音のまま戻ることはなかった。

「ご臨終です」
医師の声に、薫はハッとして自分の胸に手を当てた。
自分の右手には、確かな心音を感じる。
良かった、私は無事だったんだ……

再び、事故現場で会った女性が、薫の目の前に現れた。
「――あなたは、たった今、亡くなったんですよ」

薫は唖然とした。
は? やめてよ! 冗談にもほどがある。私ならここにいるじゃない。

そう口に出したわけでもないのに、その女性は何かを感じ取ったようにふっと笑った。
薫の腕をつかむと、もう一人の私の体を触らせた。

――いや、正確には触らせようとしたのだが、実際には薫の腕は、もう一人の薫の体をすり抜けてしまった。
驚いた薫は、医療器具から看護師まで、手当たり次第に周りの物を触りまくった。

――触れない? どういうこと?
薫はわけがわからず、おびえた目で女性の顔を見た。
女性が穏やかな口調で、しかしきっぱりと話す。
「触れないでしょ。あなたは死んで肉体から出て魂だけになっているの。正確には幽体と言って……」

彼女の声が遠くなる。いや、本当は聞こえているけど、聞きたくなかったのだ。
私が死んだ? 私はここにいるのに、死んだってどういうこと?

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無題
2017.05.08 Mon l ある朝、突然 l コメント (0) トラックバック (0) l top
地獄には、大きな大きなお鍋があり、中には美味しそうなうどんが煮えています。
でも、あんまりお鍋が大きいので、普通のお箸では食べられそうにありません。

うどんの美味しそうな匂いにつられて、お腹を空かせた人たちが、たくさん集まってきました。
お腹いっぱい食べたいので、長い長いお箸で、うどんをたくさんを取ろうとします。
でも、その箸は長すぎて、うまく自分の口に入れることができません。

「あち! あちち!」
欲張って取ったうどんで、手を火傷する人もいました。
いつまでたっても、お腹は空いたままです。


天国にも、同じ大きな大きなお鍋があり、やっぱり美味しそうなうどんが煮えています。
匂いにつられてたくさんの人たちが、やっぱり長い長いお箸を持って、集まってきました。

ふと見ると、目の前には、お腹を空かせた人がいました。
私もお腹がペコペコだけど、あの人はもっとお腹を空かせているかもしれない。
そう思って、目の前の人にも食べさせてあげました。
火傷しないように、うどんを少しだけすくって、「どうぞ、おあがりください」と言いました。

するとその人は「ありがとう、私のうどんも食べてください。」
と、長い長い箸で、ほどよく冷ましたうどんを私の口に入れてくれました。
お互いに食べさせあって、お腹いっぱいになりました。

自分だけ良ければいいと思う気持ちは、同じような考えの人を引き寄せます。
これを「類は友を呼ぶ」と言います。
……私たちの生活の中に、似たようなことはないでしょうか?

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2017.05.04 Thu l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top
Aさんは、死んだらすべて無くなって、それでお終いと信じていました。
Bさんは、死んだら肉体から離れて魂だけの存在になり、あの世に帰ると信じていました。

もしAさんのいう通り、何もかもなくなるとしたら、何もわからなくなりますから、間違っていたBさんが困ることはありません。
ではBさんのいう通り、死んでも魂が残るとしたら、間違っていたAさんはどうすればいいのか、困ってしまいます。

……あなたはどちらの話を信じたほうが得だと思いますか?

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2017.05.04 Thu l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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幸せとはなんだろう?と、ずっと考え続けていた。
物や人が手に入る幸せは、それらを失う不幸せと隣り合わせになる。
確固たる幸せは、何があっても穏やかにいられる心だと、いつしか気がついた。

とはいえ、湖面に石が落ちれば、水の輪ができるように、事あるごとに心が波立つのは当然のこと。
それをいち早く静まった湖面に戻すことで、1日の幸せな時間は長くなる。

だからイライラしたら、不安になったら、心配になったらこう自分に問いかける。
「今、私は幸せか?本当に今の考えや感情は必要だろうか?
 もし考えてもどうにもならないことなら、早く手放しなさい。
 身体と心の健康のため、私自身のために。」

昨日よりも一秒でも長く幸せでいよう。
1日のうち1時間は泣いても怒ってもいいから、23時間は心穏やかにしていよう。

幸せは環境で決まるものでも、誰かが決定するものでもない、自分自身が決めることだから。
2016.12.28 Wed l 大丈夫にゃよ♪ l コメント (0) トラックバック (0) l top