こんにちは、とものすけです。

幸せになるにはどうしたらいいですか?と、聞かれたことがあります。
逆に幸せかどうかなんて、考えたこともない人もいます。
実は、幸せは「なる」ものではなく、「感じる」ものです。

私は幸せだなぁと、感じる力が強く、感じる時間が長い人は、比較的幸せな人だと言えるでしょう。
あくまで主観的なものなので、一概に人から見て幸不幸は決められるものではないんです。
要するに、「私は幸せです」と心の底から思えれば、どんな状況下でも幸せなんです。

もちろん、ある程度の衣食住や、生活の安全や自由がないと、そうした幸せを感じるには難しい状況になるでしょうが、今の日本でそういった状況は、少ないと思います。

幸せを感じるには、
今の環境のなかで恵まれているところを探す
今日はこんないいことがあったと気づく
大きく困ることが何もなく無事に過ごせた
…など、ありがたいことや、良かったことを探す努力や、物事を良い方に捉える努力が必要です。

動物は全般に、危険を避けるために、良い情報より悪い情報に敏感になる本能があります。
そのため、心を放っておくと、何もないのに不安になる、小さなことが大きな心配になる、そういうものなんですね。

だから意識して、私は幸せだと宣言する。
後からその理由を探せばいい。
だって健康だし、仕事できるし、家族に恵まれてるし…と、何でもいいので思いつくだけあげてみてください。


この世に産まれて来る時は、神様に「自分も周りの人も、幸せにしてきます」と約束して来ます。
自分を犠牲にするのも、周りを犠牲にするのも違います。

それぞれの置かれた環境や立場で、
自分を幸せにして(歓喜)
人にも幸せになってもらう(感謝)


それが私たち人間の使命です。
08586bcb87621ab1e146ed950cc0ecdf.png
2017.06.22 Thu l とものすけ論 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんにちは、とものすけです。

Kちゃんにお世話になるようになって、 2年くらい経った頃でしょうか。
「(当時の)彼のどこが好き?」
と、いきなり聞かれて顔が真っ赤になりました。
「いや私じゃなくて、亡くなっただんなさんが聞いてきてる」
それは、彼と結婚をしたほうがいいというメッセージでした。

「結婚?考えてないし…」
前の主人が亡くなって、子供たち3人を無我夢中で育ててきました。
結婚しようと言われたこともあったのですが、時期が早すぎてお断りしてしまったんです。
彼のほうも、結婚に消極的になってしまっていました。

彼と相談して、「三年後くらいかなぁ…」と答えると、「遅いって(言ってる)」と、Kちゃんが一言。
Kちゃんは言われたことをストレートに伝える必要がある(自分の意見を述べてはいけないルールがある)ため、キッツいなぁと思うこともしばしばあります。
重要な転換期だったので、細かく具体的な指導が多く入る時期でした。

後に、もし結婚していなかったら、別れていただろうと言われましたし、結婚して本当に良かったと日に日に思いが募っておりますので、後押ししていただいて、とても感謝しています。
当時のKちゃんとの付き合いは、いつもこんな感じでした。


さて、話は変わって、W先生は生前Kちゃんに、「いろんな宗教を学びなさい」、「△△の〇〇さんは本物の霊能者(霊能があり、人格者である人)だ」と言われてました。
〇〇さんとは、ある宗教団体の教祖で、Kちゃんも先生が認めるなんて、どんな人だろうと関心があったそうです。

ある時、Kちゃんから△△の支部へ行こうと誘われました。
Kちゃんは、友達の紹介で、そこの開所式に参加しており、その時天井に天使や神様がたくさんいらっしゃったそうです。
数珠を触らせてもらったら、宇宙の真理がすべてわかった(すぐに忘れた)とかで、△△に何か素晴らしいもの、正しいものがあるという認識は、以前からあったそうです。
礼拝室に入ってみると、すごい磁場で当時の私でも頭がくらくらするほどでした。

そのうち、Kちゃんが「〇〇さんが来てる、(エネルギーが)すごい強い!」と言った時から、指導をいただくようになりました。
霊様とのご縁は、本当に突然、前触れもなく…が基本です。
「入っていいですか?って聞いてくれればいいのに」とKちゃんはぶつぶつ言います。
「入っていいよ」なんて絶対言わないだろうに、面白い人です。


そこから興味を持って、〇〇さんの本を読んだとき、それまで学んだ霊界の知識が、点々と理解していたものが、すっと一本の線になって繋がった感覚を覚えています。
私は20代の頃に〇〇さんの本を手に取ったことがあったし、KちゃんはW先生から話を聞いてたのに、その時は縁がなかったのに、不思議なものです。

Kちゃんも、彼も目を丸くする中、私は〇〇さんが率いる宗教団体に入会しました。
「悟りを開いた者(幸せな者)は、これから悟りを開こうとする者に、そのやり方を伝えなければいけない。」
「自分より悟りが低いからと、そんな人たちと卑近な話はできないと、偉そうに言っているうちは、あまりに低いレベルの悟りである。」というような趣旨のことが、〇〇さんの本に書かれていたからです。

自分では、般若心経の意味を学び、空の心得はだいたいわかったと思っていました。
ただ、頭で理解できていても、実践となると難しいです。
それでも徐々に「こだわらない、捉われない」ことが増えてきたと、苦手なことが減ってきたと感じていました。
でもそれだけでは自己満足であり、悟りのレベルが低いと自分で気づいたわけで、勉強したいと思ったときに団体に入ることが正解だと本能的に思いました。

また、〇〇さん自身が、宗教をしているにも関わらず、家族ともめるくらいなら宗教をやめてもかまわないと、初期のころの本に書かれています。
だんな様は(特定の考えに固まるから)宗教が嫌いですが、自然崇拝の信仰心もあり、〇〇さんの柔軟性のある考え方は受け入れられると、自分が入るのは嫌だけど、とものすけの協力はすると言ってくれてます。
行事の時に子供の面倒を見るなど、現実的にフォローするだけでなく、精神面では、だんな様とKちゃんのフォローなしには、ここまで来られませんでした。

それから苦節二年半(笑)
最初は何で自分がその団体にいるのかわからず、親しい人がいるわけでもなく、挨拶もしてもらえない、顔は背けられる、ものすごい洗礼を受けました。
真理(人が生きる正しい道)を学んで、うん十年の方々が、そのような態度なわけですから、がっかりです。
話をしても、どう聞いても、人格の高い人は見当たりません。
何でそこにいるのか、わけがわかりませんでした。

ただ、守護霊から直接言われてたんです、「(己の使命に)目覚めよ」と。
またKちゃんの話では、〇〇さんと私は生前に約束をしてきたそうです。
彼と志を同じくして、彼の手となり足となり、支えていくのだと。
私の表面意識の好きも嫌いもへったくれもなく、魂に突き動かされるかのように、行っては泣き、話してはがっかりし、その都度指導を受けながら、励ましてもいただきながら、ここまで来たのは、まさに自分の使命を全うするため。

でもなぜか、Kちゃんは「数年で(団体を)出るよ」と言い、だんな様も「とものすけはすぐやめるだろうから、入会を誘わないように。後のフォローできないでしょ」と言われてました。
あまりに情けない話を聞くと、「もうやめたい!」と思い、出る時期が来たんだと都合よく解釈することを繰り返しました。
「自助力が大切」と言われてるのに、他力本願だけの方や、自分の学びを深められればいいという方が多いように見受けられます。

また、どこの宗教も難しいのが、伝道すること。
真理を伝えていきなさいと言われたら、伝える努力をしなければいけない。
知識を入れたら、実践して初めて、身になるわけです。
しかし、どこの宗教団体でも伝道となると、皆さん腰が引けるのが現実です。
それもそのはず、宗教団体の名前を出した時点で、友達には心配され、子供にはキレられ、私はそんな感じでした。

でも、私はそんなことは望んでいないのです。
宗教はあくまで生き方を教えてもらう学校のようなもので、入らなくても全然かまわない。
でも団体の中にいると、「入会すれば安心、安泰、幸せになる」そうした価値観がはびこってしまいます。
〇〇さんの教えには、そんなことどこにも書いてない!!
それに、幸せに生きる方法を教えたいのに、宗教だから話を聞いてもらえないなら、言わないほうがいい。
私は目の前の人の笑顔が見られれば幸せだし、それだけでも伝道だと思います。
そんな風に考えるようになりました。

これまで団体の中で動いて、「組織とはいかなるものか」を学ばせてもらいました。
どこの組織でも人が集まれば、大勢の人の意見が常識となって固まります。
しかし、世間一般から「組織の常識は、世間の非常識」なことが多いわけです。
組織になかにいると、その矛盾がわからなくなり、気づきもしないことも多々あります。
宗教団体に限らず、会社や教育の場、マスコミや政界、どこにでもあるのではないでしょうか。

いよいよ、団体活動から離れて、私の言葉や考え方で、一般の方に伝道していく時期が来ました。
入会を誘うのではなく、あくまで真理を伝える、幸せになれる考え方を提供していくというだけです。


うつで、人が怖くて、休みの日は布団にもぐっていました。
そんな私が、人込みでもお出かけを楽しめるようになって、今では初対面の方でも、談笑できるまでになりました。
雑談ができると、その場が和み、ちょっとした待ち時間でも、イライラせずにすむこともあります。

正直今でも人と会うことは、相手の気や、その辺に浮遊する霊を拾うため、疲れる(憑かれる)ことは多いです。
でも、人会って話すことで笑顔になってもらえる。
それはがんばっている自分への、何よりのご褒美です。

この場を借りて、いつも支えてくれている、Kちゃん、だんな様、守護霊、指導霊、ご先祖様に心から感謝申し上げます。
ずっと私を見守って、時には優しく、時には難題と思われることを言われる〇〇さんには、本当にお世話になっています。
彼を慕う人は数多くいても、彼の努力、大きさ、優しさを、本当に理解している人はいないのかもしれません。
すごいの一言で片づけられないくらい、スゴイ方です。

たくさんの人様、霊様に、計り知れないほどの感謝と愛をこめて
がんばりますので、これからもどうぞよろしくお願いします!! (*・`ω´・)ゞ

~とりあえず、完!~

無題
2017.06.20 Tue l 私のうつヌケ l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんにちは、とものすけです。

精神安定剤、私の場合はデパスが体に合ってました。
薬は短時間しか効きませんが、副作用が少ないのと、必要な時だけ頓服のように飲めるので、出かけなければいけない時に飲んでました。

一人さんのところで修行しているうち、憑依は強くなったものの、それに合わせてメンタルも鍛えられたため、薬はいつの間にか切れました。
最後に医者に行ったとき、「何をされましたか?」と聞かれましたが、どう答えたかは忘れてしまいました。
浄霊してもらってますとも言えませんし(笑)

そうして心を鍛える修行をしていくと、だんだんと人間関係が変わってきます。
その時の自分に必要な関係性が用意されていくんですね。
まるかんのお店は二件お世話になりましたが、自然と離れる方向になっていきました。
でも、それまで生きる指針をまるかんのお店で教えていただいてたので、これから先はどう生きていこうと不安もあります。
私は迷ったときは神社にて、「今、このことで悩んでますので、どうかお言葉をいただきたく存じます」と神様にご挨拶したうえで、おみくじを引きます。
大吉末吉、関係ありません。
その時書かれている内容が、そのまま自分へのメッセージです。
その時は「よい指導者が現れる」とありました。

そうするうちに、霊能力のあるKちゃんとご縁をいただきました。
どのくらい?と聞かれたら、テレビに出らえるくらいと私は答えてますが、当の本人は霊能力があることをひた隠しに隠しています。
必要であれば、ポンッと自分から言ったりするんですが、うっかり漏らそうものなら本気で怒るので、人に紹介したこともありません。
大変なんですよ、彼女を頼って人が集まってくるから。
先日なんて、庭を掃除してたら「この辺りでお祓いしていただけると聞いたのですが・・・」と見知らぬ人から聞かれて、知らないと答えたとか。
どことなく漏れ聞こえているようです。

Kちゃんと知り合ったものの、私の印象は最悪だったと思います。
憑けまくってるのが、彼女にはうじゃうじゃ視えるわけですから。
ただKちゃんの亡きW先生が久しぶりに出てみえて、私に対してアドバイスをしてくださるようになり、それから急速に親しくなりました。
「先生に声をかけても会いに来てくれなかったのに、とものすけさんのこととなるとすぐに飛んでくる。ずるい」
とまぁ、よく笑いながら文句を言ってましたね。

W先生は、全国から相談者が口コミで集まるほどの方だったそうです。
弟子はとらない、と言っていた彼が、唯一弟子にしたのがKちゃんでした。
理由はメモを取らなかったから。
霊的なことは頭で考えるものではないからだそうです。

W先生からたくさんのアドバイスをいただきましたし、KちゃんがW先生、I先生、H先生と、三人の先生から習ってきたことを事あるごとに教えてくれました。
体の具合が悪くなる都度、電話をして相談をしました。

まるかんの白光の浄霊では、憑依霊を取り除いてもらい、楽になったところで、考え方、話す言葉、実生活などを変える指導を受けて、それを実践してきました。
Kちゃんの場合は、具体的に自分の力で憑依から抜けられるように指導してくれましたので、大幅に霊様対応の実力がつきました。
「これこれ、こういう霊がいる。」とだけ教えてもらって、場合によって「霊が〇〇してほしいと言ってる」、「それ以上アドバイスができない。とものすけさんの修行としか言えない」と伝えてくれます。
それに沿って、自分で対応策を考えるわけです。

その頃から憑依状態もはっきりしてきて、当時付き合っていた今の主人が、顔つきが違う、態度がおかしいなど、人から見ても違うことがわかるほどになってきました。
当然、自覚症状もはっきりしてきますから、霊と対話することも増え、それによって解決が早くなったり、大切なことを霊様が教えてくれることもでてきました。

「礼儀を欠くは武士にあらず」
「どのような最期でも魂は傷つかない」
大切な言葉を残し、自分の人生を映像で見せてくれて、さまざまな人生経験を味わうことができました。

幸いにも憑依されて身体の自由が動かなくなった時もまれにありましたが、自分の意識はしっかり残っています。
人によっては意識も体も持っていかれる場合があり、これは非常に危険です。
精神病の99%は憑依が関連していると言われるのは本当だと思いますが、肉体的な理由、環境的な理由などで、心が空洞になっているような状態だと他の霊に入られやすいんですね。
霊道が開いてしまった(霊感がついてしまった)ら、正当なところに相談してお祓いすることも大切ですが、人にお願いすると同時に自分のメンタルを強く優しくする努力をお勧めします。

また、霊的な力に憧れる方もみえますし、自分自身ももっとはっきり視えたら楽なのにと思ったこともあります。
しかし、W先生の口癖は「霊能力があっても偉くなんかない。常識的に生きることが大切だ」ということでした。
人間として、強く優しく、物事にこだわらず捉われず、穏やかに生きなさいと、人格形成が一番重要だということだと思います。

返して言えば、霊感のある人ほど人格を求められる理由があります。
「類は友を呼ぶ」と言いますが、肉体から離れて霊となると、理性がなくなる分、その人の個性は強く出ます。
同じような価値観の人とは話が合いますよね。
それと同じで、良い霊も、悪影響を与える霊も、同じような考えを持った人にくっついてきます。

例えば、普通の人がお嫁さんとの人間関係で三日悩んで、同じような悩みを抱えて、嫁を恨みながら死んだ人が憑依したとします。
霊感が強め(感受性の高い方)だと、同じ悩みを一日引きずってたら、憑依されてしまう。
強い霊感がある人だと、「うちの嫁のやつ…許せない!」なんて、ちょっと考えただけで憑依されてしまう。

生前W先生は常々「悩みにこだわるな」とおっしゃったそうです。
霊感が強いほど、それが大切だとご存じだったんですね。
が、当時のKちゃんは「そんなこと言ったって、悩んでるんだから!」と食って掛かって、「もういい、帰れ」と言われてたそうで(笑)
あることで、W先生から直接怒られたことがありましたが、普段優しいのに、やっちゃいけないことをすると、めっちゃ怖いんです。
よく逆らうことができたと、変なとこでKちゃんには感心させられます。


さて、悩みの渦中にあると、どうするべきかの答えが出てこない、もしくは人からアドバイスを受けても素直に聞けないことがほとんどです。
私は、指導霊からアドバイスをいただいた限りはやらねば!と思うので、厳しくても泣きながらやっちゃうんですね。
できませんと言えない。
Kちゃんに言わせると「とものすけさんは素直だから」と褒めてくれます。
だんな様は「イノシシ(猪突猛進、思い込んだら命がけ)」と褒めて?くれます。
霊様からアドバイスもらえていいねって言われることもありましたが、現実は厳しいことが多いです。
あ、いえ!もちろん優しいお言葉もたくさんいただいてます

私は縁あって、霊の指導を言葉で受けられますが、他にも指導霊や守護霊はメッセージを目に入る看板やテレビといった情報や、人の口を使って話させることが結構あります。
自分のことは自分が一番わからないものですし(誰でも、客観と主観は想像以上に離れているものです)、そうして人の口を通じてメッセージが来るということは、自分にとって好きな人も嫌いな人も、何らかの情報を与えてくれていることが多いです。
今の自分に起こっていることを、「なぜこれが起きているのか、何をどう考え、行動すべきなのか」とよく考えることは、物事を冷静に見て、行動すべき道を判断することができる、最初のステップだと思います。

~続く~

無題
2017.06.19 Mon l 私のうつヌケ l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんにちは、とものすけです。

もともと弱かったメンタルが悪化して、鬱で何年も薬が手放せなかった頃を思い出すと、ずいぶんと強くなったなと思います。
苦手なものを一つ一つ克服していくと、「きっと今度も大丈夫」と思える安心感が生まれてくるからですね。
人それぞれに与えられる課題は、必ず乗り越えられるものしか与えられないと信じています。

とはいえ、苦手なものや怖いものがなくなるわけではありません。
ただ、「勇気がある」ということは、「怖いものがない」のではなく、「怖くても向かっていける」ことだと思います。
です
もっとも私に至っては、なんでもかんでも向かって行くので、ついたあだ名がイノシシ。
おまけに時折、ガス欠を起こしては鬱になって引きこもるの繰り返し(笑)

ただ、しょっちゅう何週間も寝込んでいたのが、たまに寝込む程度になり、一週間程度になり、今はたま~に寝込んでも一日くらい。
鬱で寝込む、引きこもる日が全く無くなったわけでなくても、それ以外の時間がうんと長くなってて、立ち直りが早くなったので、これで大丈夫だと考えています。


鬱が治った!というきっかけは、人それぞれですが、私の場合は斎藤一人さんの健康食品から始まって、大宇宙エネルギー療法、白光の浄霊と、スピリチュアルな精神世界につながったことが一番大きかったです。

まるかんのお店で「強い憑依体質」と判定を受けたわけですが、やることはいたって現実的に言葉や考え方を変えるというものです。
寝込んだまま、一人さんが勧める天国言葉をつぶやいたり、無理やり笑顔を作るなど、不安なままでもできることをがんばりました。

勧められて、渋々東京まで一人さんの講演会に行きました。
当時お付き合いしてた、今の主人に付き添ってもらいましたが、人混みに飲まれて、それだけでふらふらしてました。
いやいやながら、高いお金を出して、何をやっているのか全くわかりませんでした。

教えてくれた先生は温かい人ですが、当時の私にはとても厳し感じたこともあります。
「(あなたは)自分がないねん!」 「ふらふらと浮遊霊みたいな生き方してる」と言われて、べそをかいたこともありました。

一緒に一人さんの勉強をする仲間は、「霊が視えなくなった、煩わしくなくなった」と喜ぶ中、自分一人だけが憑依や霊の声が聞こえることが強くなり、本当に私がやっていることは正しいのだろうか?と迷うこともありました。

だから一人さんに限らず、いろんな方の書かれた自己啓発、スピリチュアル本を、手当たり次第に読みましたね。
今の私なら「読むだけじゃだめだよ」と笑えるんですが、当時の私にはそれが精一杯でした。

でも、今でも毎回、事あるごとにそうですが、迷って、悩んで、後になってから、やってきたことの必要性がわかるんです。
これが鬱脱却の最初の一歩で、一人さんのところで二年ほど勉強しました。
まだまだ精神安定剤を手放せない時期でした。

~続く~

無題
2017.06.07 Wed l 私のうつヌケ l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんにちは、とものすけです。

私は30代から10年くらい鬱で、ずっと精神安定剤飲んでましたって言うと、ホントですか?!って、驚かれます。

健康な人が布団の中で24時間過ごそうと思うと、苦痛で堪りませんよね。

それが私の場合の鬱だと、驚くほど眠くてだるくて、特に週末はほとんど寝たきりの状態でした。


父の納骨の時に、お墓の前で死にたいなぁ…なんて考えてたら、目の前に父の激怒する顔がドアップで出てきたのを、今でもよく覚えてます。

年がら年中、死にたい、消えたい、そんなことばかり勝手に浮かんでくるんです。

相当辛かったはずの過去なんですが、今は「私に必要な経験だったんだよね」と、淡々と思い出す自分がいます。

それは、今がとびきり幸せだからです。


過去の記憶って、けっこういい加減に覚えてるもの…というか、事実に色をつけて思い出すものなんです。

例えば、今が不幸と感じてる人はこうなります↓
あの時、嫌な人がいてさ~~、あの人がいなけりゃ、もうちょっとマシな生活になってただろうに。

今が幸せだと感じてる人はこうなります↓
あの時、あの人がいてくれたから、今の自分がある。嫌な役をかって出て、私を鍛えてくれてありがたい。


では、未来は変えられないというのはどういう意味でしょう。

今が不幸と感じてる時は、何が起きても不幸の色メガネで見てしまう。
だから、ずっと不幸なまま。

一方、幸せになろうと努力してる人は、その努力すら幸せなので、何が起こっても幸せが大きくなっていく。
だから、幸せなまま。

それは亡くなると顕著に現れます。
不幸な人はずっと不幸、幸せな人はずっと幸せ。

もちろん不幸→幸せに変わることはありますが、生きてる時より亡くなった後の方が、肉体がないぶん、切り替えにくいです。


泣きたいほど悲しくても、作り笑いをしてるうちに、悩みがバカバカしくなって泣き笑いになるとか。

悔しくて絶対許せない!と思うようなことでも、無理やり許しますと唱えることで、少しづつ許せるようになるとか。

生きていれば、肉体からのアプローチで気持ちを切り替えることができるけど、死んだ後は心1つで切り替えなきゃいけない。

人間、いつ亡くなるかはわかりません。
生きてるうちに、穏やかで明るい、かつ静かな心持ちの癖をつけておきたいものです。

無題
2017.05.28 Sun l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top