コンテントヘッダー

苦手を減らせば、人生は一つ楽になる

こんにちは、とものすけです。

「私、〇〇はできません。」

「僕は、××が苦手です。」

確かに肉体的、能力的にできないことはありますよね。

でもちょっと頑張ればできるかもしれないけど、やりたくないから、できない、苦手だと、逃げてしまうことはないですか?


「初対面の人と親しく話すなんてできません。人付き合いが苦手です。」

私はずっとそんな言い訳をしていました。

でも、いくら私が幸せは何かとわかったところで、人に伝えることができなければ半人前以下だ・・・

そう教えてもらってからは、思い切って人の輪の中に飛び込んでいくようになりました。

失敗しては何度も泣いて、友達やだんな様、守護霊指導霊にも励ましてもらいつつ、がんばってきました。


そんな中で気づいたのは、

一つできることが増える
   ↓
それが苦手でなくなる
   ↓
苦手なストレスが一つ減る
   ↓
ちょっとだけ生きることが楽になる

という、シンプルなこと。


私は頭の中で思い描いて、「これこれこうだから、できない」と理屈をつけてました。

だけど、だんな様が言うんです、「やってごらん、やってみないとわからないよ」って。

そうなんです、本当にできないことなのか、単に逃げているだけなのかは、やってみないとわからない。

経験もしたことないのに、ちょっとやって失敗したからって、「できません」って決めつけるのは良くないんですよね。


この世の経験は宝

あの世でできないことを、この世でやってみたいと生まれてくるんです。

だとしたら、できないと言い訳してやらないことはもったいないと思いませんか?

そして、ちょっと難しいと思えることにチャレンジした時には、思い切り自分を褒めてあげましょうね。

image9.jpg
コンテントヘッダー

動物にも地獄界はある

こんにちは、とものすけです。

以前、三匹の猫を飼っており、一匹が病気で他界しました。

初めてペットを亡くすという経験で、病気が分かった時はショックでしたし、悲しくて思い切り泣きました。

ただ、逝ってしまったことを残念がるよりも、「ありがとう」と感謝の気持ちで送り出すことが大切だとも考えてました。


しばらくの間は、亡くなった猫の気配がありました。

サッと何かが動いたり、首輪の鈴の音が何もないところから聞こえたり。

それも数日のことでしたが、天に帰れたんだな、良かったと思いました。

決して、私がわかるように、気配でもいいから、そばにいて・・・などとは考えてはいけないと思います。

動物だって魂も感情もあり、それによって、成仏して帰っていく天界もあれば、地獄界もあるからです。

飼い主を心配していては、帰ることもできないでしょう。


例えば、車に引かれたりして、怒りを持ったまま死ぬと、人間に比べて浅い場所ではありますが、動物が行く地獄へ堕ちます。

もちろん、現世的に見れば、引かれた動物が悪いわけではないし、責任もありません。

でも、あの世の論理では、マイナスの感情を持ったまま天界に帰れないんです。

重い気体や冷たい空気というのは、自然と下に沈殿してきますよね。

それと同じ論理で、寂しい、辛い、妬ましいなど重い感情や、無関心、怒り、自己中心などの冷たい感情は、霊界の中において自然と下に下がってくるものなのです。


大切な人はもちろん、ペットだって亡くしたら悲しいのは普通のことです。

悲しむことが悪いのではありません。

ただ、いつまでも悲しみ続けることが良くないのです。

落ち込んでご飯も食べられない飼い主を見てたら、ペットだって安心して天界に帰れるものではありません。


「あなたがいなくなって寂しいけれど、私は大丈夫だからね。安心して天国に帰るんだよ。私が天に帰る時はまた会おうね。」

寂しくて苦しい気持ちをそのままでいい。

涙を流しながらでもいい。

それでもいいから、「ありがとう、また会おうね」と、天国に送り出してあげてほしいなぁと思います。

image01.png
コンテントヘッダー

23時間幸せ計画とは

こんにちは、とものすけです。

人間だから、怒ったり、泣いたり、凹んだり、さまざまな感情に振り回されるのは当たり前。

だけど、それをほっといちゃ良くないですね。

いち早く冷静になること、心穏やかな状態に戻すことが大切です。

できなくってもいいんです、そうしようと、そうしたいと意識することが大切なんです。


一日のうち少しくらいは、怒っても、泣いても、凹んでもいいじゃない。

だから、「23時間幸せ計画」なんです。

昨日より今日、今日より明日と、一秒でも幸せだと感じる時間を長くしていきたい。

自分の幸せが大きくなると、自然と人にも幸せが伝染していくよ♫

image03.png
コンテントヘッダー

霊感はあってもなくても関係ない

こんにちは、とものすけです。

霊感がありますというと、まず「私に何か視えますか?」と聞かれます。

残念ながら、申し訳ないくらい、私はさっぱり人のことはわかりません。

最初の頃は霊の憑依とか、自分の前世を見せてもらったりとか。

次に生霊を感じるようになり、指導霊のメッセージが聞こえるようになりました。


ただ、息子にもよく言うのですが、霊感があるから偉いというわけではありません。

人よりちょっと視力聴力が良いという程度のものです。

この世で生きていく上で、霊が視えないほうが都合がいいから、そうなっています。

一定の割合で霊感がある人が出てくるのは、霊界のことを忘れた人間が驕り昂ぶり、物質第一主義に陥らないように、という、神仏の配慮があるからです。

スピリチュアルな話をしていると、「私は全く感じないんですよね」と申し訳なさそうにいう人がいます。

しかし、霊感がほとんど感じられない人は「霊に対して強い人」であり、「霊から護られてる人」とも言えます。

なおかつ、霊を感じないままに神仏を信じ、正しい生き方ができるのは、霊感がある人が神仏を信じるよりも、すごいだと思います。


なので、より強い霊感があるという人は、天国にも地獄にも影響されやすいわけですから、人一倍、人格を高め、体力をつける努力をしていく必要はあるかと思います。

特に怖いのが高慢の心、人の心がわかりやすいだけに、どれほど気を付けていても、どこか人を下げて見る気持ちは出てきてしまいます。

決して慢心せず、謙虚であれ


久しぶりに鬱が続いて、それが怒りに変わって、感情に流されて罵詈雑言を吐いた日がありました。

その晩、私の顔色は目が落ちくぼみ、全体がどす黒く、明らかに私以外の人の顔になっています。

一日の終わりに神仏に手を合わせ、凹む気持ちを脇に置いて、二度と繰り返さないよう努力すると反省しました。

いろんなことがありますが、日々起こることはすべて自分の勉強のために起きていること、乗り越えられない課題はないと素直に受け止めたいと思います。


image14.jpg

コンテントヘッダー

愛情の反対語は、無関心

こんにちは、とものすけです。

最近、将棋と麻央さんの追悼の話が連日続いてますね。
どちらも報道の白熱ぶりに、どことなく違和感を感じます。

長野の地震、北朝鮮のミサイル開発、自民党のあれこれ、気になるニュースはどこへやら。
特に北朝鮮のミサイルは、年末にはアメリカまで届くほどに開発が進むだろうと予測されていると伺いました。
海外メディアはみんなして取り上げてるのに、日本でそのニュースを取り上げたのは、たった1つの新聞社だけだったとか。

だんなや友達とそんな話をする中、今話題のニュースについて、うちの子供にも聞いてみました。
ゆっくり言葉を選んで、しっかりと、自分はこのニュースに対してこう思うと、意見を話してくれました。

私は恥ずかしながらこの歳まで、社会に全然無関心でした。
なので若いのに、こんなしっかりしてたんだ!と、だんなと二人して感心しきりでした。


この世で無関心であっても、特に罪には問われません。
しかし、あの世では、無関心は大きなマイナスポイントです。

なぜでしょう?
愛情の反対語は、憎しみではなく無関心だからです。

相手を理解することは愛することと、同じです。
でも、相手に対して無関心でいたら、理解することもできない、理解しようとする気すら出ない。
しかも自分が無関心でいることに気づくことはなかなか難しい。

ずいぶん以前に、 ∀ wide  (すべて、幅広く) というメッセージをもらいました。
それ以来、身の回りすべてに関心を持ち、できるだけ幅広くものを見よう、と考えるようになりました。

歳を重ねるといろんなことに関心が薄れて、気がつけば自分の昔話や、体への関心だけに絞られてきます。
自分が関心の持てない分野でも、話題になった時にはちょっと覗いてみるのは、とてもいい勉強になります。
関心を持つ、という意識を忘れないようにしたいものです。

image11.jpg
最新記事
プロフィール

とものすけ

Author:とものすけ
40歳で身内を亡くしてから、強い憑依体質になりました。
自分の過去世や、人の記憶が一気に視えることがよくあります。
人は死んだらどうなるのか、何のために生きるのか、といったことをたくさんの方に知っていただきたいと考えています。

カテゴリ
カウンター
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
心と身体
5586位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
スピリチュアル
818位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
リンク
QRコード
QR