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――心なしか、部屋が冷んやりと感じる。
静かに横たわる自分の姿を見ることも、だいぶ慣れてきた。
しかし先ほどと違って、両親がそこにいた。

母は薫にしがみついて泣いている。
父は無言で薫を見下ろしていた。

ごめんなさい……
ただ、そんな想いしか言葉にならない。

そうだ、お兄ちゃんはどうしてるだろう。
来てくれてるのかな。


逃げるように病室を出て、薫は待合室や休憩所に兄がいないかと探した。
本当は、辛そうな両親を見ることに耐えられなかったのだ。

中庭にポツリと置かれたベンチに、一人座っている兄をようやく見つけた。
真っ青な顔でうつむいている。

「お兄ちゃん」
――聞こえないとわかっていても、つい声をかけてしまう。


信じられない……
今朝まで一緒にいたのに。
いつものように朝ご飯を食べて、行ってきますって……

こんな呆気なく人は死んでしまうのか。
薫は何も悪いことなんてしていないのに。
あまりにもひどすぎる! 早すぎる!

兄の目に涙がにじんだ。


――お兄ちゃんにはもう、私が見えないんだ……

自分の存在を気づいてもらえない。
そう実感すると、薫は急に悲しくなった。
「俺のは、薫を嫁に出してからでいい」
見合いの話を持ち込む母に、兄はいつもそう言って断っていた。

「結婚できないのを、私のせいにしないでよね!」
軽口をたたきながらも、薫が小姑になることを避けているのはわかっていた。
かといって、薫に一人暮らしもさせたくない。

「すぐに甘やかすんだから……」
母に小言を言われようがどうしようが、私にはとことん優しかった兄。


「お兄ちゃん……」
今度は呟くような、独り言に過ぎなかった。
薫の声は、もう二度お兄ちゃんに届かない。


兄を見ているのも辛い。
仕方なく、薫は病室に戻ろうと振り返ると、祖母が少し寂しそうな顔で立っていた。

「おばあちゃん、これから私、どうなるの?」

問いかける薫に、祖母はつぶやくように答えた。
「人がどこから生まれ、死んだらどこへ帰るのか、薫に教えておきたかった。でもお母さんは『縁起でもない話をしないでくれ』って嫌がったから、話せなかったんだよ」


生前、祖母は毎日欠かさず、お仏壇にお参りをしていた。
お仏壇には、おじいちゃんの他にも、幼い頃亡くなった父の兄弟が入っている。

「おじいちゃんは、どこにいったの?」
「お空の上にいるよ。いつも薫のこと見ててくれてるよ。今日は何をしてるのかなって」

おばあちゃんは、天国と地獄の話とか、お釈迦様の話とか、不思議な話もたくさんしてくれた。
楽しくて、時々ちょっと怖くって、ワクワクした。

ずっと聞いていたいのに、いつも母が
「はい、これでおしまい!」とさえぎった。
子供の目から見ても、そんな時の母は面白くなさそうだった。

でも、小さい時の記憶なのに、何でこんなにクリアに思い出せるんだろう…


祖母は遠くを見るようにして、話し続けた。
「人が死ぬと、身体から魂が抜けて、あの世に生まれ変わる。あの世で生活して、また時期が来れば、この世に生まれ変わって来るんだよ」

この話は初めて聞いた。
「人は死んだら、それでおしまいじゃないの?」
「違うよ。体は土に還り、魂は天に帰る。心が残る、と言ったほうが、薫にはわかりやすいかな」


母が時々思い出すかのように、つぶやくのを思い出した。
「――人間、死んだらそれで『おしまい』だからね」
母は早くに両親を亡くして苦労したそうだから、そんな風にでも思わないと、辛くて生きていけなかったのかもしれない。

――そうか、だから私は『死んだらおしまい』だと、思い込んでたんだ……


薫にも、ようやく少し状況が飲み込めてきた。

今、私はこの世で死んで、肉体から魂が離れている。
だから、会いたい人に会えて、行きたいところに行けるんだ。
そっか、この世にまた生まれることができるなら、死ぬのもまんざら悪くないかもしれない……


「さぁ、みんなに挨拶してから帰ろうね」
祖母の声に気づくと同時に、薫は自分のお葬式に来ていた。

――まだ準備の途中なのか、留守番をしてる以外、誰もいない。

「よりによって、この写真?!」
薫は遺影を見て顔をしかめた。
急な事故だったから、仕方ないんだろうけど、もう少し探してくれたっていいのに。

棺の中ものぞいて見たが、なんだか変な感じがする。
どうも自分の顔に思えない。

――そっか!目をつぶってるからだ!
よく気がついたと、薫は自分を褒めた。


生前から薫は、『自分を褒めてモチベーションを上げる習慣』を心掛けていた。
通常より早く、霊となった自覚をし、現状を受け入れているのは、そうした努力の賜物だろう。



実は、人間の本体は、肉体ではなく霊(魂)である。
だから肉体を亡くしても、人の性格や考え方は、ほとんど変わらない。

明るく、他人にも優しい者は、天に帰る。
暗く、他人に無関心な者は、地獄に帰る。
この世に未練が強すぎて、地獄にさえ帰ることができない者もいる。

地獄とは、この世でいう病院のようなものだ。
『人のふり見て我がふり直せ』
自分と同じ性格の人間に囲まれて、相手を通して自分の考え方の間違いに気づく。
これではいけないと反省した時、天に帰り、よくよく学んだ後に、この世に生まれ変わる。


しかし、生きている時に比べて、魂だけになると考え方を矯正することが難しい。
だから、生前に正しい考え方を持つことは、とても大切なことなのだ。

薫はいつ頃、それを理解できるだろうか……


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無題
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2017.05.10 Wed l ある朝、突然 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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