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餓鬼の話

こんにちは、とものすけです。

餓鬼というと、やせ細って、お腹だけがぷっくり出ている印象がありますが、妖怪などではなく、普通の人霊です。

滅多にないのですが、食べても食べてもお腹が満足しない時がありました。

そういう時は、ご飯を一口分くらいお皿に乗せて、「どうぞお上がりください」とお供えをしばらくすると治まりました。

おそらく、お腹がすいて、ひもじいまま亡くなった餓鬼憑かれたのかな?と思います。

最近は、そうしたことがなくても、私は自分のご飯を一口分くらい先にわけて、餓鬼にお供えしています。

ただ、変に浮遊霊を呼びこむことになってもいけないので、これはお勧めしたくてお話ししているわけではありません。

私は何をしてても、いつも霊様の行列を連れて歩いてるような体質なので(笑)、自分なりの考えでやっているだけです。


伝えたいことは、「餓鬼道に堕ちる人は、欲が過ぎる人」だということです。

昔は、環境的に食べられなくて、辛くて辛くて餓鬼になりました。

現代の日本では、たくさんの食べ物があっても、足りない足りないと欲しがる人、自分が自分がと、我先にと、自分の権利ばかり主張する人が、餓鬼になるだろうと思っています。

餓鬼に食べ物を与えても、口に入れようとした瞬間、燃えてなくなってしまうと言います。

餓鬼が食べ物を食べようと思ったら、何が必要なのでしょう?

…それは、「分け合って食べる」ことです。


あの世というのは、同じ考え・同じ気持ちを持った人としか一緒にいられません。

餓鬼道では、お腹がすいて、ひもじい人の周りには、同じようにお腹を空かせた人だらけです。

目の前のひもじい人を尻目に、自分だけが食べようとしても、食べ物は燃えてしまう。

けれど、わずかに手に入れた食べ物を、口に入れようとしたら、目の前に同じようにお腹を空かせた人がいる。

自分もお腹がすいているが、あの人もお腹がすいているだろうと、分け合って食べた時、お腹はいっぱいになり、心も満たされて、天国に帰ることができるのです。

これが、「与える者は与えられる」の真理(宇宙の理)です。

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妬みにご用心

こんにちは、とものすけです。

憑依や霊障といったことは、気づかないだけで実は誰にでもあるものです。

人間は、霊が本体ですから、お互いに霊的な影響を与えているからです。

例えば、私がAさんのことを好きだと思ったら、多かれ少なかれ、その感情エネルギーはAさんに飛んでいきます。

お腹がすいた、腹が立つといった、ごく普通の感情も、目に見えないエネルギーですので、目に見えないだけで飛び交っています。

そうした中で、あの人がうらやましい…などの強い念を長く持つと、念と守護霊が一体となって生霊になります。


私が受けると、それが顕著に出るわけです。

心臓の辺りが痛くなると、友人が何か重要な話があるようだとか。

タバコの香りが一瞬すると、だんなが私のことを考えているな・・・という具合です。

強烈なのは妬みです。

例えばBさんと会って、Bさんが私をうらやましいと思ったとします。

会話でも「あなたはいいわね」と言うので、うらやましがられてるのはわかりますし、それは光栄なことでもあります。

そして、Bさんと別れて帰るころ、吐き気がする、オエッとえずく、胃が痛い・・・

妬みと言えるほど強いうらやましさだと、生霊の影響を受けます。

生霊による霊障は、妬み(うらやましい)と、嫉妬(恋しい)が一番身近で多いのではないかと思います。

生霊は受ける方も大変ですが、実は出す方も膨大なエネルギーを使っていますから、非常に疲れるものなんです。


嫉妬や妬みといった感情は、誰もが持つものです。

でも、自分の悪感情にいち早く気づいて、さっと流せるかどうかによって、人の人生は大きく変わります。

我が家では、わずかな時間ですが、一日の終わりに神棚と仏壇に手を合わせています。

そして今日一日の行動や言葉を振り返って、カッとなって怒ったこと、自分が自分がと我をはりすぎたことなどを反省し、今日という時間をいただいたことに感謝して、穏やかに眠ることを心がけています。

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人は死んでも変わらない

こんにちは、とものすけです。

これほどSNSが流行る以前、私もブログを書いていました。

ダイエット、飼い猫のこと、日記…

忙しくなって、ブログをやめたと記憶してましたが、友達が猫ブログを始めて、一緒にと誘われたことで、そういやご無沙汰になってるブログをまた書こうと、そう思って再開しました。


記事を書くのには、すごく慎重になります。

ブログがまだ珍しい頃から、江原啓之さんが「書いたことで人がいろんな影響を受けるから、情報発信には責任を持って書いてください」と言われたからです。

もちろん絶対に悪い影響を与えないことはできませんが、できるだけ良い影響を与えられるよう努力はしなきゃと考えてます。


ふと、なんでブログをやめたんだっけ?と、書いてて思い出しました。

憑依が異様に強かった時期があり、ブログを書くどころか見るのも避けてたんです。

事件を見れば、犯人の気が入ってきて、慌てて目をつぶったり。

アイドルの話を見聞きしたら、その子の感情が入って、その人だとわかるまで気持ちが悪くて辛かったり。

成功した方のブログを読んだら、感謝の気持ちでいっぱいになって、ありがとうございます!!と何度も頭を下げたくなったり。

この頃はスーパーに行くだけで、霊様を拾ってくる状態でした。


通常、こうした霊障は、心持ちや言葉を明るいものに変え、できるだけ規則正しい生活をし、自分にも人にも優しく笑顔で過ごしていれば、おのずと減っていくものです。

なんですが、私の場合には、どんどん強くなっていきました。

それは「人の心の痛みを知ることが、私にとって必要な経験だったから」だと、後程わかりました。


憑依や霊障を通じて知ったことがあります。

霊というと、おどろおどろしい印象があるかもしれませんが、肉体がないだけで、話してみるとごく普通の人間です。

私たちの本体は、肉体ではなく、心そのもので、死んでも(性格は)変わりません。

人が死ぬということは、単に肉体という衣類を脱ぎ去るだけに過ぎないのです。

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とものすけちゃん、丁寧に生きるのよ

こんにちは、とものすけです。

もう8年くらい前になるでしょうか。

憑依体質とわかったころは、嫌で嫌で仕方なかったです。

辛いとこぼす私に、「なんでもかんでも霊のせいにしない」

と、その当時の先生に言われました。

「自分が浮遊霊みたいな生活してるから浮遊霊が来るの」

泣きましたね、身体が辛いところに追い打ちで(笑)

でも今は、その言葉につくづく感謝しています。


事が起こって、人のせい社会のせいと、外側に原因を求めるのって、実はすごく辛いんです。

だって、周りが変わらなきゃ解決しないってことですから。

よく「自分が変わると周りも変わる」って言いますよね。

あれは、自分がより良く変わることで、周りに影響を与えた結果です。

自分の思いは変えられますが、人の思いは変えられません。


自分に起こることは100%自分の責任。

自分に起こることは自分に必要だから起こっている。

神様は乗り越えられない課題は与えない、だから必ず乗り越えられる。

霊的な悩み(憑依)も、日常生活の悩みも同じです。

今の自分にできる、一番良いと思われる選択は何か、一つ一つ丁寧に対応して探って実践していきます。

そうした日々の積み重ねは、きっと今世に後悔を残すことなく、明るい来世に繋がるでしょう。

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映画の中の哲学

こんにちは、とものすけです。

劇場版 マジンガーZ INFINITY、

主人がアニメ好きなので、一緒に観てきました

子供の頃に観たマジンガーZの記憶が、うっすらある程度でしたが、全く知らずに観ても楽しめます。

すごく哲学的で深い内容で、一見の価値があると思いました。


映画のワンシーンで、一度は戦いから退いた主人公に、敵のボスが問うてきます。

「お前は戦うことが好きなんだ」
「お前はこちら側(悪)の人間だろう」

科学者でいるより、戦士として闘うことに、どこかしら躍動感を感じる主人公の心を、揺さぶるわけです。


それを見て、私が悪霊に言われたことを思い出しました。

「お前にも黒いところはあるだろう?」

人間はどんな善人も真っ白になれず、どんな悪人も真っ黒にはなれない…そんなことは頭でわかっていても、心は揺れました。

真理を求める者にありがちな完璧主義な、私の弱いところをついているわけです。


また、映画の敵側は、人類の支配を目論む独裁者そのもので、こう言いました。

「人類の弱さは多様性だ」
(多様性があるから争うのだ)


そして、地球の危機を目前にして、主人公はこう問われます。

(そんな争いばかりの)
「この世の中は必要ですか?」



ここで表す多様性とは、自由意志です。

宇宙創生の神様が人間をつくった時、自由意志を与え、何度も転生輪廻を繰り返し、発展と調和を目指すよう、人間の心にプログラムされました。

人間をつくった神様ですから、もう人間はいらないと決めたなら、私たちはあっというまに地球ごと、魂ごと消滅してしまいます。

地獄に堕ちるような、大きな失敗を繰り返しても、消滅することなく存在できるのは、神の大きな慈悲なのです。


今日の一言は、2016年12月にいただいた、おじいさんのような装いの霊様の金言です。

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言葉は心を映す鏡

こんにちは、とものすけです。

「あの人、口は悪いけど、根はいい人よ」

なんて申しますが、

その言葉のキツさ、悪さを聞いた人の心には、

傷が残ったり、怒りが生まれたりするわけです。


「何やってんの、ばかね~」と言うと、相手は嫌な顔をします。

さらに脳は主語を判断できないから、

自分がバカにされたと思って、ストレスを感じます。


だから、愚痴、不平不満、悪口、心配事などを口にすればするほど

心が病み、身体もその影響を受けて病んできます。

相談する、状況を説明するために、誰かのことを悪く言わざるを得ない時もあります。

しかし、だれかれ構わず同じ人の悪口を言う、

いつまでも同じ愚痴を言い続ける、

そうしたことは避けたいものですね。

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地獄ってどんなん?②

こんにちは、とものすけです。

悪夢を見た時って、妙にリアルで、触った感覚まであったりしませんか?

人は寝ている時、幽体離脱をしてあの世で魂のエネルギーチャージをしますが、

心や体の調子が悪いと、ごく浅い地獄へ行ってしまう時があるんです。


地獄は寒くて、暗くて、臭いと聞いたことがありますが、どうやら本当のようです。

猫の糞と屍が累々と土に埋もれている、暗く、猛烈に臭いところを見せてもらったり、

憑依してきた霊も、「ここは寒い・・・」と言ってました。

逆に天国は、晴天に白い雲、綺麗な街並みが並んでいました。

行きたいなと思った瞬間、足元が断崖絶壁になって行けなくなりました。

想ったことがそのまま形になる、想念の世界です。

その人によって作り出すイメージが違うので、様々な世界が展開しています。

映画「DESTINY 鎌倉ものがたり」 は、うまく天界を表現してますね。


すぐに信じられなくても、死んでみればわかること。

死後の世界があり、何度も生まれ変わると知っているだけでも、

天界に帰れる確率はぐっと上がると思います。

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地獄ってどんなん?①

こんにちは、とものすけです。

あの世のほとんどは天国ですが、ごく一部に地獄があります。

地獄とは、監獄のように懲罰を受けるところではなく、

間違った考え方を反省して治すための、いわば入院病棟のようなものです。


例えば・・・

楽して儲けたい、人の分まで食べたい、情欲で頭がいっぱい など欲が過ぎる人。

すぐカッとなって怒ってばかり、人や社会の批判ばかりしている人。

自分は意識があるから死んでいないと、死を理解できない人。

俺は、地位も名誉も、力もあるんだ、偉いんだ と、うぬぼれている人

神などいないと、神仏の存在を疑い、否定する人

この世の発展を妨げるような、間違った政治思想、経済思想などを持った人

人と関わりを持つことを、極端に嫌う人


自分のことは一番自分が気づきにくい

生きている間に、己の弱さや間違いに気づいて反省できればよし

残った部分を、己の良心が自ら反省するため、地獄へ行くのです。

平気で法を犯すような人間は、悪魔に魅入られて、

反省の余地なしと、地獄へ真っ逆さまに連れていかれます

この世で要領よく生きたとしても、地獄で何百年と苦しむことを考えれば、

なんと公平にできているのだろうと、つくづく思います。

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食べることは命をいただくこと

こんにちは、とものすけです。

いただきます!というのは、命をいただく、ということです。

植物だって種から芽が出て、成長して身がなって、子孫を残す、そうした生命はあるので、収穫した野菜からも命をいただいています。


できるだけ残さなくていいだけの食べ物を用意する。

食べ物の好き嫌いを少なくする。

喜んでいただく、どうしてもできないときは謝って残す。

命を賭して、私たちの食べ物となってくれていることに、心から感謝できる人でありたいと思うのです。

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愛するとは、相手を理解すること

こんにちは、とものすけです。

いくら親しい人とはいえ、相手のことを100%理解できますか?

自分ではできないのに、相手に対して「わかってくれない!」と怒りがちにはならないでしょうか?

私はしょっちゅう、そんなことで怒ってました。

当然、その頃は幸せとは、ほど遠い所にいました。


「なんでそんなことするの?!」と怒りに任せず、

「なぜ、あの人はああ言ったのだろう?」と冷静に分析し、理解する。

自分のことすらわからないのに、相手をすべて理解するなんて無理なこと。

ただ、相手を理解しようとする気遣いと努力は、愛情そのものではないでしょうか。


「人を諭す立場にあるなら、相手を好きも嫌いもあってはならない」

そう言われた時は、そんな無茶な…と思いました。

でも、やらねばならないと努力するうち、気がつけば苦手な人は激減しました。

悩みの大半は人間関係から生まれます。

嫌いな人、苦手な人が減ると、本当に生きるのが楽になりますよ😊

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和顔施とは笑顔のプレゼント

こんにちは、とものすけです。

笑顔の人の周りには、笑顔の人が集まります。

機嫌というのは、伝染するものなんですよね。

相手が笑っているなと気づいてもらうには、自分で思うより、かなり口角を上げないとわからないものです。

さぁ、鏡を見てニッコリ!

笑顔の練習しましょ(╹◡╹)

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苦手を減らせば、人生は一つ楽になる

こんにちは、とものすけです。

「私、〇〇はできません。」

「僕は、××が苦手です。」

確かに肉体的、能力的にできないことはありますよね。

でもちょっと頑張ればできるかもしれないけど、やりたくないから、できない、苦手だと、逃げてしまうことはないですか?


「初対面の人と親しく話すなんてできません。人付き合いが苦手です。」

私はずっとそんな言い訳をしていました。

でも、いくら私が幸せは何かとわかったところで、人に伝えることができなければ半人前以下だ・・・

そう教えてもらってからは、思い切って人の輪の中に飛び込んでいくようになりました。

失敗しては何度も泣いて、友達やだんな様、守護霊指導霊にも励ましてもらいつつ、がんばってきました。


そんな中で気づいたのは、

一つできることが増える
   ↓
それが苦手でなくなる
   ↓
苦手なストレスが一つ減る
   ↓
ちょっとだけ生きることが楽になる

という、シンプルなこと。


私は頭の中で思い描いて、「これこれこうだから、できない」と理屈をつけてました。

だけど、だんな様が言うんです、「やってごらん、やってみないとわからないよ」って。

そうなんです、本当にできないことなのか、単に逃げているだけなのかは、やってみないとわからない。

経験もしたことないのに、ちょっとやって失敗したからって、「できません」って決めつけるのは良くないんですよね。


この世の経験は宝

あの世でできないことを、この世でやってみたいと生まれてくるんです。

だとしたら、できないと言い訳してやらないことはもったいないと思いませんか?

そして、ちょっと難しいと思えることにチャレンジした時には、思い切り自分を褒めてあげましょうね。

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動物にも地獄界はある

こんにちは、とものすけです。

以前、三匹の猫を飼っており、一匹が病気で他界しました。

初めてペットを亡くすという経験で、病気が分かった時はショックでしたし、悲しくて思い切り泣きました。

ただ、逝ってしまったことを残念がるよりも、「ありがとう」と感謝の気持ちで送り出すことが大切だとも考えてました。


しばらくの間は、亡くなった猫の気配がありました。

サッと何かが動いたり、首輪の鈴の音が何もないところから聞こえたり。

それも数日のことでしたが、天に帰れたんだな、良かったと思いました。

決して、私がわかるように、気配でもいいから、そばにいて・・・などとは考えてはいけないと思います。

動物だって魂も感情もあり、それによって、成仏して帰っていく天界もあれば、地獄界もあるからです。

飼い主を心配していては、帰ることもできないでしょう。


例えば、車に引かれたりして、怒りを持ったまま死ぬと、人間に比べて浅い場所ではありますが、動物が行く地獄へ堕ちます。

もちろん、現世的に見れば、引かれた動物が悪いわけではないし、責任もありません。

でも、あの世の論理では、マイナスの感情を持ったまま天界に帰れないんです。

重い気体や冷たい空気というのは、自然と下に沈殿してきますよね。

それと同じ論理で、寂しい、辛い、妬ましいなど重い感情や、無関心、怒り、自己中心などの冷たい感情は、霊界の中において自然と下に下がってくるものなのです。


大切な人はもちろん、ペットだって亡くしたら悲しいのは普通のことです。

悲しむことが悪いのではありません。

ただ、いつまでも悲しみ続けることが良くないのです。

落ち込んでご飯も食べられない飼い主を見てたら、ペットだって安心して天界に帰れるものではありません。


「あなたがいなくなって寂しいけれど、私は大丈夫だからね。安心して天国に帰るんだよ。私が天に帰る時はまた会おうね。」

寂しくて苦しい気持ちをそのままでいい。

涙を流しながらでもいい。

それでもいいから、「ありがとう、また会おうね」と、天国に送り出してあげてほしいなぁと思います。

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23時間幸せ計画とは

こんにちは、とものすけです。

人間だから、怒ったり、泣いたり、凹んだり、さまざまな感情に振り回されるのは当たり前。

だけど、それをほっといちゃ良くないですね。

いち早く冷静になること、心穏やかな状態に戻すことが大切です。

できなくってもいいんです、そうしようと、そうしたいと意識することが大切なんです。


一日のうち少しくらいは、怒っても、泣いても、凹んでもいいじゃない。

だから、「23時間幸せ計画」なんです。

昨日より今日、今日より明日と、一秒でも幸せだと感じる時間を長くしていきたい。

自分の幸せが大きくなると、自然と人にも幸せが伝染していくよ♫

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プロフィール

とものすけ

Author:とものすけ
40歳で身内を亡くしてから、強い憑依体質になりました。
自分の過去世や、人の記憶が一気に視えることがよくあります。
人は死んだらどうなるのか、何のために生きるのか、といったことをたくさんの方に知っていただきたいと考えています。

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