こんにちは、とものすけです。

私は30代から10年くらい鬱で、ずっと精神安定剤飲んでましたって言うと、ホントですか?!って、驚かれます。

健康な人が布団の中で24時間過ごそうと思うと、苦痛で堪りませんよね。

それが私の場合の鬱だと、驚くほど眠くてだるくて、特に週末はほとんど寝たきりの状態でした。


父の納骨の時に、お墓の前で死にたいなぁ…なんて考えてたら、目の前に父の激怒する顔がドアップで出てきたのを、今でもよく覚えてます。

年がら年中、死にたい、消えたい、そんなことばかり勝手に浮かんでくるんです。

相当辛かったはずの過去なんですが、今は「私に必要な経験だったんだよね」と、淡々と思い出す自分がいます。

それは、今がとびきり幸せだからです。


過去の記憶って、けっこういい加減に覚えてるもの…というか、事実に色をつけて思い出すものなんです。

例えば、今が不幸と感じてる人はこうなります↓
あの時、嫌な人がいてさ~~、あの人がいなけりゃ、もうちょっとマシな生活になってただろうに。

今が幸せだと感じてる人はこうなります↓
あの時、あの人がいてくれたから、今の自分がある。嫌な役をかって出て、私を鍛えてくれてありがたい。


では、未来は変えられないというのはどういう意味でしょう。

今が不幸と感じてる時は、何が起きても不幸の色メガネで見てしまう。
だから、ずっと不幸なまま。

一方、幸せになろうと努力してる人は、その努力すら幸せなので、何が起こっても幸せが大きくなっていく。
だから、幸せなまま。

それは亡くなると顕著に現れます。
不幸な人はずっと不幸、幸せな人はずっと幸せ。

もちろん不幸→幸せに変わることはありますが、生きてる時より亡くなった後の方が、肉体がないぶん、切り替えにくいです。


泣きたいほど悲しくても、作り笑いをしてるうちに、悩みがバカバカしくなって泣き笑いになるとか。

悔しくて絶対許せない!と思うようなことでも、無理やり許しますと唱えることで、少しづつ許せるようになるとか。

生きていれば、肉体からのアプローチで気持ちを切り替えることができるけど、死んだ後は心1つで切り替えなきゃいけない。

人間、いつ亡くなるかはわかりません。
生きてるうちに、穏やかで明るい、かつ静かな心持ちの癖をつけておきたいものです。

無題
スポンサーサイト
2017.05.28 Sun l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top
こんにちは、とものすけです。
いつも型紙をご利用いただいて、感謝しております。
今日は私のプライベートを少しお話しさせてくださいませ。


パッチワーク型紙を10年くらい作っていましたが、更新しなくなったきっかけは、前の主人を亡くしたことでした。
まだ続けるつもりで、準備していたんです。
書き始めたら、その事をつい先ほど思い出しました。

元々人付き合いが苦手でしたから、1人で楽しめるパソコンは楽しいものでした。
また、家庭のことで悩んだ時期に、型紙を作ってたことが心の支えでした。

主人が亡くなって、鬱がますますひどくなり、週末はほとんど寝て過ごす状態になり、銀座まるかんの商品を購入したことがきっかけで、自分の霊媒体質を教えてもらいました。

健康食品で身体を整え、一人さんの考えを取り入れて心を強くし、元気になる。
そうするうちに、霊を感じなくなると思ってたのが、私の場合にはだんだん強くなっていきました。
霊感が強くなる予定だったことは、銀座まるかんに通うのをやめた、ずっと後から聞かされたことです。


霊感といっても、証明できるものでなし、人に話しても怖がられることがほとんどで、私よりずっと霊感が強い友人や息子、視えなくても理解のある今の主人に、こんなことがあったと話す程度です。

ただ、そうした中で、いろんなメッセージをいただいて、それらが自分の人生に大きな影響与えてくれています。
一番大きかった事は、亡くなった主人が今の主人との結婚を勧めてくれたことです。

たくさんの霊様、人様とのご縁があり、辛いこともありましたが、おかげさまで今とても幸せです。
そして、その幸せは大きく、関わった人にまで幸せにと、広がりつつあります。


人間は完璧には生きられませんから、24時間幸せな生活はできません。
でも昨日より今日、今日より明日は、一秒でも長く幸せだと感じて生きていきたい。

そんな私の思いに寄り添って、一緒にがんばってくれてる主人が名付けたのが、
「23時間幸せ計画」


何があっても幸せ…そう思える強い自分を作るべく、これからもがんばっていきます。

2017.05.18 Thu l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top
地獄には、大きな大きなお鍋があり、中には美味しそうなうどんが煮えています。
でも、あんまりお鍋が大きいので、普通のお箸では食べられそうにありません。

うどんの美味しそうな匂いにつられて、お腹を空かせた人たちが、たくさん集まってきました。
お腹いっぱい食べたいので、長い長いお箸で、うどんをたくさんを取ろうとします。
でも、その箸は長すぎて、うまく自分の口に入れることができません。

「あち! あちち!」
欲張って取ったうどんで、手を火傷する人もいました。
いつまでたっても、お腹は空いたままです。


天国にも、同じ大きな大きなお鍋があり、やっぱり美味しそうなうどんが煮えています。
匂いにつられてたくさんの人たちが、やっぱり長い長いお箸を持って、集まってきました。

ふと見ると、目の前には、お腹を空かせた人がいました。
私もお腹がペコペコだけど、あの人はもっとお腹を空かせているかもしれない。
そう思って、目の前の人にも食べさせてあげました。
火傷しないように、うどんを少しだけすくって、「どうぞ、おあがりください」と言いました。

するとその人は「ありがとう、私のうどんも食べてください。」
と、長い長い箸で、ほどよく冷ましたうどんを私の口に入れてくれました。
お互いに食べさせあって、お腹いっぱいになりました。

自分だけ良ければいいと思う気持ちは、同じような考えの人を引き寄せます。
これを「類は友を呼ぶ」と言います。
……私たちの生活の中に、似たようなことはないでしょうか?

002.gif
2017.05.04 Thu l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top
Aさんは、死んだらすべて無くなって、それでお終いと信じていました。
Bさんは、死んだら肉体から離れて魂だけの存在になり、あの世に帰ると信じていました。

もしAさんのいう通り、何もかもなくなるとしたら、何もわからなくなりますから、間違っていたBさんが困ることはありません。
ではBさんのいう通り、死んでも魂が残るとしたら、間違っていたAさんはどうすればいいのか、困ってしまいます。

……あなたはどちらの話を信じたほうが得だと思いますか?

002.gif
2017.05.04 Thu l あの世の内緒話 l コメント (0) トラックバック (0) l top